新潟地方裁判所 昭和25年(行)7号 判決
原告 金子九郎
被告 新潟県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十四年十二月十日附を以て為した原告に対する休職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として述べた要旨は、(一) 原告は東京帝国大学農学部に於て園芸学を専攻し昭和三年六月同学部を卒業して後、同学部の副手、東京市の監視、横浜市の技師等を経て昭和二十年五月三十一日新潟県立農林専門学校の講師となり、同年六月十八日同校生徒主事事務取扱を嘱託され、同年八月二十八日同校教授に任ぜられ園芸学、農業概論の授業を担当してきたものであるが、被告は昭和二十四年十二月十日附を以て教育公務員特例法施行令第九条地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五条、官吏分限令第十一条第一項第四号により原告を休職処分に付した。(二) しかしながら、(1) 右新潟県立農林専門学校は学校教育法第九十八条第一項に規定する専門学校であつて原告はその教員であるから、原告に対しては教育公務員特例法第二十四条第二項により同法第二章第一節に定められた大学の教員の任免、分限、懲戒及び服務に関する規定が準用される。そして右規定のうち第六条乃至第十条の規定によれば、本人の意思に反する休職は身心の故障の場合及び懲戒処分による場合に限られている。しかも教育公務員特例法施行令第九条は右規定の委任に基いて制定されたものでもないのであるから、同条により官吏分限令第十一条を準用することはできない。(2) 仮に教育公務員特例法施行令第九条に基き官吏分限令第十一条が準用されるとしても、同条は国家公務員法第七十五条第七十九条と矛盾するから、教育公務員特例法第二十三条第二項により国家公務員法の規定が優先して適用されるのである。(3) 右の主張が認められないとしても、原告のように大学の教員の取扱いを受ける者に対しては、学問の自由を守る趣旨から特別の身分保障がなされているのであつて、官庁事務の都合により休職処分をなされるべきものではないから、官吏分限令第十一条第一項第四号の準用はない。(4) 又仮に官吏分限令第十一条第一項第四号が準用されるとしても原告には被告の主張するような別紙記載の事実はなかつたのであつて、仮にそのような事実があつたとしてもこれを以て「官庁事務の都合により休職処分に付する必要がある場合」にあたるとはいえない。従つて原告に対し官吏分限令第十一条第一項第四号を準用して為した本件休職処分は違法である。よつてその取消を求めるため本訴に及んだのであるとうのであつた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中(一)は認めるが(二)は否認する。原告は新潟県公立専門学校の教員であつて、その任免、分限等に関する事項は教育公務員特例法第十条及び同法附則第二十五条第二項により知事が行うべきものであるが原告には別紙記載のような事由があつて教員としての適格性を欠き学校経営上支障があつたので、校長の申出により職員委員会の承認を得て教育公務員特例法施行令第九条地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五条に基き県吏員の例により官吏分限令第十一条第一項第四号を準用して原告を休職処分に付したのであつて、本件休職処分には原告主張のような違法の点はないと述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告主張の(一)の事実は当事者間に争いがない。
よつて原告の(二)の主張につき判断するに、(1) 教育公務員特例法は元来教育公務員が一般公務員と異る特殊の職務と責任とを有することから教育公務員の任免、分限等につき一般公務員に適用される法律の特例を規定したものであるけれども、これにより教育公務員に対し一般公務員に適用される法律の適用を全く排除したものではなく、一般公務員に適用される法律の規定中右特例法に規定されていないもの及び同法の規定と牴触しないものは教育公務員に対しても適用されるのである。従つて右特例法第三条に定められた国家公務員としての身分を有する教育公務員に対しては右の範囲内に於て国家公務員法が適用され、国家公務員としての身分を有する教育公務員に関する限り右特例法は国家公務員法附則(昭和二十二年法律第百二十号)第十三条に基き制定されたものである。ところで右特例法第三条に定められた地方公務員としての身分を有する教育公務員については右特例法制定当時国家公務員法と並んで制定さるべき地方公共団体の職員に関して規定する法律(地方公務員法)が未だ制定されていなかつたため、右特例法第三十三条に於て右法律が制定されるまでの間右特例法若しくはこれに基く命令又は他の法律に特別の定があるものを除くほか地方公務員としての身分を有する教育公務員につき特別の定をすることを政令に委任し、右特例法執行令第九条はこの委任に基き地方公務員としての身分を有する教育公務員の身分を右の制限内で一般地方公務員の身分と同様に取扱うことを定めたのである。そして地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五条によれば一般地方公務員に対し官吏分限令第十一条が準用されるものと解されるのであつて、右特例法第二十四条第二項により同法中公立大学の教員(地方公務員としての身分を有する)に関する規定の準用を受ける学校教育法第九十八条第一項に定められた公立専門学校の教員に対しても特に官吏分限令第十一条の準用を排除する趣旨の規定は存しない(右特例法第六条乃至第十条は休職処分に付する場合を制限した趣旨の規定とは解されない)から、地方公務員としての身分を有する右公立専門学校の教員に対しても右特例法施行令第九条に基き当該都道府県の吏員の例により官吏分限令第十一条が準用されるものと解すべきである。(2) 又右特例法第二十三条第二項は国家公務員としての身分を有する教育公務員にのみ適用されるのであつて地方公務員としての身分を有する教育公務員に対してはその適用がないものと解すべきことはその規定自体に徴しても明かである。(3) 又地方公務員としての身分を有し右特例法第二十四条第二項により公立大学の教員に関する規定の準用を受ける教育公務員についてもその教員としての適格性を欠く等学校経営に支障を生ずるような事由の存する場合には官吏分限令第十一条第一項第四号により休職処分に附することも妨げないものと解すべきであつて、公立専門学校の教員について右官吏分限令第十一条第一項第四号の準用を全く排除すべきものとは解されないので原告主張の(二)の(1)(2)(3)の点はいづれも理由がない。
次に原告主張の(二)の(4)の点について調査するに、被告が校長伊藤武夫の申出に基き職員委員会の承認を得てその主張するような理由により本件休職処分を為したことは証人野坂相如の証言に弁論の全趣旨を綜合して認められる。よつて原告に別紙記載のような事由が存したか否かにつき審究するに証人伊藤武夫、畠山義一、藍沢喜久治、高橋良穂、河合孝、石山治夫、近藤享、百川伝吾の各証言及び成立に争いない甲第三号証、乙第四号証の一乃至九を綜合すると、(イ) 原告は昭和二十三年度に於て農科第二学年の果樹園芸、農科第三学年の農業土木の各授業を、昭和二十四年度に於て農科第三学年の果樹園芸、林科第三学年の農業概論の各授業を担当していたのであるが、欠講が非常に多く又授業時間中当該学科に直接関係のない時事問題その他に関する所謂漫談に多くの時間が使用されていたのであるが、昭和二十四年九月農科第三学年前期の果樹園芸の試験を行う際その学期に於ける原告の授業は僅に一回行われただけであつたため学生に於て例の如く学科に直接関係のない特種な問題が出されることを予想し受験を拒否する旨を申出たので己むなく右前期の試験を中止するに至つたこと、又原告の授業に右の漫談が多く満足な講議がされなかつたため右学生から後期の授業を原告以外の教授が担当するように変更を要求されるに至つたこと、(ロ) 原告は授業時間中に於ける右の漫談に於て先の昭和二十四年一月の衆議院議員選挙の結果共産党から三十五名の候補者が当選したことにつき、「共産党も進出した、今後はこの三十五名の行動に期待してよい」等と述べ、又新聞について「商業新聞は終戦当時人民広場と称していた宮城前広場を現在では皇居前広場と云つている、この様に確実性を持たない不信用なものであるが之れに反し共産党の機関紙アカハタは一貫して人民広場と書いているのであつて信用のおける非常に良い新聞である」と説明したことがあつたが、その授業時間中に於ける漫談は共産主義の立場から説明され、又批判されたものが多かつたこと、(ハ) 原告は以前から校長伊藤武夫と対立した立場に立つことが多かつたが、昭和二十四年六月行われた新潟大学農学部の入学試験の際一教授の不注意から起きた所謂入試不正事件を大きく取上げ之を校長の責任であると強調し学生や他の教員を糾合してその責任を追及し、ひいて校長の退陣を要求し右事件にからんで教職員組合の機関紙に同校長に対する悪口の記事を登載し又校長の私宅に於て「人間は往生際が大切だやめる時はさつさとやめるべきだ」などと暴言を吐き自ら中心となつて同校長の排斥運動を起し校内を紛糾せしめたことなどが認められるのであつて、右認定に反する証人村田建雄、梁取作治、舟木富保、久保吉平、斎藤啓太郎、外内盛雄の各証言並びに原告本人訊問の結果はいづれも容易く信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そして右認定の事実に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は勤務成績がよくなかつたこと、教育基本法第八条第二項の精神に反するような教育を行い、又は行うおそれがあつたこと、学校内で紛争を起し行過ぎた行動のあつたことなどが窺えるのであつて結局公立専門学校の教員としての適格性を欠き学校の経営に支障を生ぜしめたものというべきである。
従つて被告が官吏分限令第十一条第一項第四号を準用して原告に対し本件休暇処分をなしたことは正当であつて原告主張のような違法は存しない。
よつて原告の本訴請求は理由のないものと認めこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山村仁 中村憲一郎 小林信次)
被告が原告を休職処分に附した事由
(一) 勤務不良であつた。
即ち専門学校では各教授に研究室が与えられているが、その研究室は教授にとつて学校に於ける居室であると同時に重要な勤務場所である。ところで昭和二十三年夏研究室の割当に際し原告は自分の研究室は要らないと云つたが果樹園芸担当の志佐教授と共同の研究室が割当てられた。然るに原告は爾来研究室に居つたことなく毎日出勤簿に捺印するだけで出勤の実績のないのが通例であつた。
(二) 勤務成績があがらない。
即ち原告は担当の園芸学及び農業概論について体系的な講議をせず社会問題に関する漫談のみに終つた。そのため農学科第三学年の学生は昭和二十四年十月一日開始の同年度前期の試験に際し前例により学科以外の問題が出されることを予期して受験を拒否したので教務課でもやむを得ず原告担当学科の試験を行はないことにした。その後更に農学科三年生は原告の授業をも拒絶した。
(三) 無断で勤務場所を離れた。
即ち原告は昭和二十四年中、学校長の許可を受けずに数回にわたり東京都、新潟大学等へ出かけてその勤務場所を離れた。
(四) 教育能力が低い。
即ち原告の専攻は公園に関する事項であつて原告の担当料目たる園芸学、農業概論は専門以外であつて右担当科目については教育能力が欠けている。
(五) 学生及び父兄の信用を失つた。
即ち原告が専門学科の知識低く且つ勤務不良の為原告から特殊指導を受けた特殊傾向の学生のほか一般学生の信用を失いひいては一般父兄の信用を失つた。
(六) 校内で紛争を起した。
即ち昭和二十四年五月以来伊藤前校長の排斥運動を起した。
(七) 教育基本法第八条に違反する事実があつた。
即ち原告は共産主義を遵奉し授業時間中共産党の主義政策の宣伝をし共産党の政治上の主義政策を支持した。